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福島地方裁判所 昭和34年(わ)37号 判決

被告人 小野孝六

大一五・一〇・一四生 無職

主文

被告人を懲役壱年六月に処する。

但し本判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

右猶予期間中被告人を保護観察に付する。

理由

被告人は

第一、昭和三十四年三月三日午前二時過頃、福島県伊達郡伊達町大字伏黒字館の内四番地松浦吉左衛門方土蔵前穀倉(穀入れ)に於てそこに格納されてあつた同人所有の粳玄米約五十瓩五百瓦を窃取し、

第二、生活費や酒食の資等に窮した結果、代金の支払、貸金の返済を確実に履行する目当がなかつたにも拘らず、之あるものの様に装い、

(一)  昭和三十二年十二月初旬頃、同郡伊達町大字箱崎字沖七番地佐々木利男方に於て同人に対し「粳玄米二俵を八千円で買い代金として木炭十俵を入れ残代金は現金で支払う」旨虚構の事実を申し向け同人をして代金は速に持つて来てくれるものと誤信させ同日同所で同人から粳玄米二俵の交付を受け之を騙取し、

(二)  昭和三十三年一月中旬頃同町大字伏黒字柳原九十一番地宍戸金右衛門方に於て同人に対し「大麦六俵を一俵千五百円の割合で買う代金は精麦二袋を一袋千百円の割合で納め残代金は二、三日中に現金で支払う」旨虚構の事実を申し向け同人をして残代金は速に支払つてくれるものと誤信させ翌日同所に於て同人から大麦六俵の交付を受け之を騙取し、

(三)  同月中旬頃同町大字伏黒字観音前三十一番地小野参三郎方に於て同人に対し「大麦を一俵千五百円で売つてくれ代金は業者に売つた金で支払う」旨虚構の事実を申し向け小野をして代金は二、三日中には支払つてくれるものと誤信させ同日同所で同人から大麦四俵の交付を受け之を騙取し、

(四)  同年三月中旬頃同町大字伏黒字西平三十番地八城権五郎方に於て同人に対し「大麦一俵千五百円、小麦一俵千八百円の割合で買うが、代金は二、三日待つて貰い度い」旨虚構の事実を申し向け同人をしてその旨誤信させ二日後同所で同人から大麦二俵及び小麦四俵一斗の交付を受け之を騙取し、

(五)  同年五月二日頃同町大字伏黒字観音林十六番地小野一衛方に於て同人に対し「病院の入院患者にやるのだから白米五俵売つてくれ代金は二、三日中に支払う」旨虚構の事実を申し向け小野をしてその旨誤信させ、即時同所で同人から白米五俵の交付を受け之を騙取し、

(六)  同年七月二十六日頃同郡保原町字宮下十七番地飲食店すし万こと高松ヤス方に於て同店女中高橋キミヨに対し梁川町の松崎クリーニング店主の弟の如くなりすまし、酒、ビール等を注文し、高橋をして被告人が松崎クリーニング店主の弟で代金は飲食後直ちに支払うものと誤信させ即時右飲食店で高橋から酒銚子二本及びビール一本の交付を受け之を騙取し、

(七)  同月末頃同郡伊達町大字箱崎字原四十番地松浦タケヨ方に於て同人に対し「大麦六俵を一俵千四百五十円の割で売つてくれ代金は八月末までに支払う」旨虚構の事実を申し向け同人をしてその旨誤信させ同日同所で同人から大麦六俵の交付を受け之を騙取し、

(八)  同年八月中旬頃同町大字伏黒字上戸四十六番地佐藤庄司方に於て同人に対し「馬鈴薯を一貫匁三十五円で売つてくれ、代金は二、三日中に支払う」旨虚構の事実を申し向け、同人をしてその旨誤信させ、同日同所で同人から馬鈴薯二百八十貫匁の交付を受け之を騙取し、

(九)  同年十月初旬頃同町大字伏黒字東平二十六番地佐藤正方に於て同人に対し「馬鈴薯を売つてくれ代金はすぐ持つてくる積りだが二、三日遅れるかも知れぬ」旨虚構の事実を申し向け同人をしてその旨誤信させ同日同所で同人から馬鈴薯百十貫匁の交付を受け之を騙取し、

(十)  同年十二月十六日頃同町字沓形十番地菅野勝雄方に於て同人に対しその妻を介し「薯代を払うために金がいるので佐藤広に三千円やつてくれ」と虚構の事実を申し向け菅野をして右佐藤が真実金が入用であると誤信させ即時同所で菅野から現金三千円の交付を受け之を騙取し、

(十一)  同月下旬頃同町伏黒字下大川五十五番地小野整司方に於て同人に対し「大豆一俵を三千三百円で売つてくれ代金は同月中に持つてくる」旨虚構の事実を申し向け同人をしてその旨誤信させ、即時同所で同人から大豆一俵の交付を受け之を騙取し、

(十二)  昭和三十四年二月十五日頃同町大字伏黒字南屋敷八番地鴫原ミツイ方に於て同人に対し「小麦三俵を一俵千八百円の割合で売つてくれ代金は翌日持つてくる」旨虚構の事実を申し向け同人をしてその旨誤信させ同日同所で同人から小麦一俵半位の交付を受け之を騙取し、

(十三)  同月末頃同郡保原町大字中瀬字札前一番地後藤房方に於て同人に対し「大麦を売つてくれ代金は配達先で金を貰つて近く支払う」旨虚構の事実を申し向け同人をしてその旨誤信させ、その頃同所で同人から大麦二俵半の交付を受け之を騙取し、

(十四)  同年三月一日頃前記第一の松浦吉左衛門方に於て同人の息子松浦永治に対し「妻が病気で困つて居る四、五月頃に返す」と恰もその頃には確実に返済出来る様に装い永治をしてその旨誤信させ即時同所で同人から玄米一俵の交付を受け之を騙取し、

(十五)  同日頃、同町大字伏黒字宮本十二番地小野喜八方に於て同人に対し「糯玄米一俵と粳玄米一俵とを交換してくれ、粳玄米はすぐ持つてくる」旨虚構の事実を申し向け同人をしてその旨誤信させ即時同所で同人から糯玄米一俵の交付を受け之を騙取した。

(証拠略)

法律に照すと被告人の判示第一の所為は刑法第二百三十五条に、同第二の(一)乃至(十五)の各所為は各同法第二百四十六条第一項に夫々該当するところ、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条を適用し犯情最も重い判示第二の(五)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内に於て被告人を懲役壱年六月に処し、情状を按ずるに、記録等に依れば、本件被害の一部は既に回復又は弁償されて居り、残部についても被告人は本年中には之を完済したい旨を誓約し、被害者等も被告人につき穏便の処置を採る様歎願書を提出して居る。被告人は本件犯行以前は各被害者と穀類の取引関係に在つて確実に決済を為し相手方の信用を得て居つた処、自己の採石事業や妻の病気療養の費等に窮した為め、悪意を生じ遂に本件の如く顧客の信頼を裏切るに至つたものであつて、犯行の原因動機に於て酌むべきものなしとしない。以上諸般の情状を考量の上刑法第二十五条第一項第一号に依り本判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、同法第二十五条ノ二第一項前段を適用し右猶予期間中被告人を保護観察に付し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書に則り被告人に負担させないことにする。

弁護人は本件第一の窃盗の点につき被告人は判示穀倉から玄米を叺に詰めた侭繩をかけず、家人に発見されそのまゝ放置したのであるから未遂罪を以て論ずべきである旨を主張するところ、前掲本件第一の点の証拠に依れば被告人は判示穀倉から一斗桝で四回位粳玄米を取り出し叺に詰め終つた際に、家人に発見された為め叺を穀倉の脇に立てかけた侭逃走したのでその際叺に繩をかける等の処置をしていないことは所論の通りであるが、之に依り右叺に入れた粳玄米に対する支配が被告人に移つたものと見るべきか否を按ずるに、当裁判所の検証調書(附図写真共)に依れば右穀倉は判示松浦吉左衛門方屋敷内土蔵に接着して設けられた鎖鑰ある木造箱形の高さ一、九七米、間口二、五三米、奥行一、六〇米のものであり同家は門扉なく往来から自由に屋敷内に出入し得る状態にあり従つて穀倉から玄米を取り出した上之を屋敷外に搬出するについても家人に発見されぬ限りは他に何等の障害もなかつたのである。そこで被告人としても右の如く家人に発見されなかつたならば叺に詰めた玄米は当然屋敷から外部に運搬し得た筈のものであつたから、叺に詰めた以上はその玄米に対する所有者の支配が排除され被告人の支配内に移つたものと解するを相当とし、叺に繩をかける等の措置はその状態を更に確実にする意味はあるけれども右の支配の移つた状態そのものの存否を左右するものではないと謂うべきである。即ち被告人が穀倉から粳玄米を叺に詰め終つた時を以てその窃盗は既遂に達した訳であるから弁護人の主張は之を採用することができない。

仍て主文の通り判決する。

(裁判官 菅野保之)

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